遺言書のすすめ

遺言書。「いごんしょ」と言われたり、「ゆいごんしょ」と言われたりします。

書き直しがきくとはいえ、人生で一般的に1度しか書かないことが多く、非常に重みを感じる言葉です。

遺言書を書くことは、決して人生をあきらめるとか、人生の終着点を考えるとか、そんなことではありません。

昨今、よく終活という言葉を聞くようになりました。終活では「エンディングノート」をいうものを書くんだそうです。

実は私は「エンディングノート」というものをあまりよく知らないんですが、ご自身の死後のこと、具体的には葬儀・埋葬のご希望などを中心に、相続人に伝えたいことを書き記すものなのかなと思います。

ここでお伝えしたのは、そういったノートを書きましょうという話ではなく、ぜひ法形式を整えた遺言書(「自筆証書遺言」や「公正証書遺言」)を書きましょうという話です。

なぜ遺言書が必要か。皆様はその理由を考えてみたことはあるでしょうか。

顧問税理士のいる方で、70歳代以上の方ですと、「遺言書を書いてみませんか」という提案を受けたことがあるという方も多いと思います。

そんなとき、どういう切り口でご提案を受けましたか。

無難な言い方は「人生の棚卸をしてみましょう」とか、「とりあえず書いておけば、ゆったりした心でその後の人生がおくれますよ」とかだと思います。私自身もそういう言い方をすることが多いです。

遺言書の作成は、遺言者ご本人の意思で行うものです。したがって、遺言者の気持ちが整わなければする必要はありません。

ただ、相続手続きに関与する立場から申し上げると、遺言書を書いておかないと、後々相続人の方々が苦労しますよ、というのが本音です。こう申し上げると、やや脅しみたいになってしまうので、なかなか申し上げにくいというのが現実ではあります。

では、どういったことで相続人の方が苦労することになるのか。

ひとつは、遺言書がないと、争族になるからです。もし、相続税の申告期限までに遺産分割がスムーズにまとまらないようなことがあれば、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例といった相続税の特例が使えず、相続税が高くなります。

それと、もうひとつは、相続人のなかに高齢の方がいて、認知症などで意思能力のない方がいるような場合、遺産分割にあたって、成年後見人を立てる必要が生じます。それによって、相続手続きが煩雑となり、司法書士手数料や税理士手数料が余計にかかります。

そして、その時に相続人は思うのです。「なぜ、遺言書を残してくれなかったのか」と。

先立つご本人は、遺産は分けたいように分ければいいと考えたり、うちはみんな仲がよいから争族はないよ、と思うでしょう。

皆様、そう思うんです。

でも、現実は思ったようにはなりません。

亡くなったあとは、何もできません。また、ご本人が重度の認知症などを患い、意思能力を失うと、遺言書の作成は困難になってきます。

ぜひ、お元気なうちに、まだまだこれからと思えるうちに、遺言書を一度は書いてみてください。お元気なうちはいくらでも書き直せます。

ただ、遺言書の内容を相続人となる人達と相談して決める場合、遺言者の方は「最後は自分が決めるんだ」という気持ちを忘れないで下さい。話し合いをしているうちに、話が一向にまとまらず、遺言書を書く意欲を失うかもしれませんので。

ただ、話がまとまらず、遺言書を書くのをやめてしまったとしても、相続人となる方たちと話すことで、やっぱり争族はあるかもな、と気づくことにはなるかもしれません。

相続は、仲がよいほど、もめます。